2009.06.23
多幸の島

愛知県日間賀島。べつめい「たこ島」
多幸と書いて「たこ」と、島の人は読んでいる。

welcomeって書かれた扇子をふってるのが、何とも可愛い。
その隣の「焼魚定食」も。
島の中に、一軒「たこ焼きや」があるのだけど、ここのたこ焼きは
その日島で揚がった、たこを使う。
食べたかったけれど、丁度売り切れてたよ。
食べたかったなあ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
アマランサスさん、平●均さん。
拍手に暖かいコメントをありがとうございました!
嬉しかったですw
2009.06.21
雨があがったので

そういえば、今日は父の日なんだね。
車を走らせて暫く経ってから気づいた私。
仕事では、この数日ずっと子供達に「さあ、大好きなパパにプレゼントしようねえ」と言っては
せっせと製作に追われていたのに、自分の事はすっかり忘れてた。
「もう、うちのところは父の日なんて、ないわよ」って、助手席の母さんは笑って言う。
父さんが亡くなって5度目の夏。笑い方が随分自然になった。
父さんの墓前に好きだったコーラーを置いて、手をあわせる。
「今日は父の日らしいですけど、母さんとアジサイを見に行ってきます。
…父さんの代わりにね」
そういうと、母さんは「うふふ」と笑った。
愛知県と静岡県の境のあたり、ミカンの山がだんだんと海まで連なっていた。
そんなところにアジサイは咲いていた。
青いの、白いの、赤いの、ピンクいの。
いっぱい、いっぱい咲いていた。
花の中に立たせて、母さんの写真を撮った。
身内が言うのも何だが、母さんはなかなかの器量良しだ。
小柄で、小花のワンピースが良く似合う。
こんど現像したら、父さんに見せてあげようと思った。
ちなみに私は、誰が見ても「お父さんそっくりだ」と言われる。
アジサイを見て、知らない町の道を走って、途中で山道で迷って
間違って連れ込みホテルの入り口まで入ってしまったり、
色んな事があったけれど、なかなか楽しいドライブだった。
今日は父の日だったけど、私にとっては、母の日だった。
父さんの事を想う、母の日だった。

帰りに一色漁港へ寄って、あさりを買って帰りました。
三河産(それも佐久島の!)のあさりは、とっても美味。
実はふっくら。とても甘い味がします。
さっそく晩御飯にあさりを使いました。
オリーブオイルと、少しのお水であさりを蒸して、
それでできたスープにバターを落として茹でたてのパスタとあえます。
あとはたっぷりとブラックペッパーをかけて。
これは美味しかった!
たまらんかったですよ!
2009.06.10
ぼちぼち

ブログ再開しようかなと。
ずっと元気にしてたのですが、この数ヶ月毎日の様に書き込まれる
くだらないコメントにちょっと辟易しておりました。
いろいろ対策してみたのですが、ああいうのは本当にしつこい。
いっそのこと、ブログを閉じようかとも思ったのだけど、
また続けてみようと思いました。
ではでは、またこれからもよろしくお付き合いくださいませ。
2009.04.14
ことしの桜
2009.02.28
今日で2月もおわり

早いもので、今日で二月もおわり。
あっと言う間だったなあ。
今月は、買った食材を全て使い切ることができました。
色々出費が重なったけれど、
食費は随分浮きました。
3月も無理しない程度に、がんばろうと思います。
2009.02.14
はるですね

最近、ぽかぽかの陽気が続きます。
春ですね。
そうそう。
きのうね。
うちの人がブログを見ながら、ぼそりと一言。
「カフェ番長じゃなくて、酒番長だ…」
ちがーう!
カフェ番長だってば。
そう反論したものの、最近の記事は殆ど「酒のんだー。うまーい」みたいな
話ばっかり書いてる事に気づく。
うむ。
久しぶりに「カフェ番長ぽく」、やってみるか。
ぽく、って、何だよ。(笑)
毎日お酒のんでばっかりと思われがちだけど、本当はそうでもないよ。
そのかわり、毎日珈琲を飲んでるよ。
2009.02.12
蔵元さんへGO! その2

蔵元さんのお部屋の中も、ちょっとだけ見せてもらえます。
お雛さん、いいですね〜。春だなあ。
試飲会場までは結構静かなんですよ。殆ど人もいなくて。
ついた時間が昼過ぎだったし、ついてから暫く車の中でお弁当をたべて
まったりしていたから、ひょっとしてもう蔵開きは終わっちゃったのかなと
少し不安になります。
しかし、会場の扉をあけると。

こんなにも沢山の人が!

若い人からお年寄りまで、そして外人さんも。
すでに随分頂いたようで、殆どひとの顔が真っ赤。
試飲用の小さな杯を手に、みんなみんな御機嫌さん。
そりゃあ、絞りたての新鮮なお酒をどれだけ飲んでもいいって言うんだから、
酒飲みにはたまらないですよね。
「帰りは運転するから」と家人の言葉に甘えて、試飲は私。
うわぁ、あれもいいの?これも飲んでいいの?なんだか夢みたい(笑)
早速、「えなのほまれ」を一杯。
去年の春、たまたま、このお酒を口にして、
あまりの美味しさに思わず「美味い!」と唸った私達。
でもそこのころは、まだ今以上にお酒のことはあまり詳しくなくて、
それがこの時期だけしか飲めないお酒だとは全く知りませんでした。
その後、半年ぐらい「あの時飲んだお酒はどこで売っているんだろう」と
探し回ったものです。
そして一年ぶりに飲んだ「えなのほまれ」。
やっぱり、素晴らしく美味しかった!
本当は他にも色々飲んでまわりたかったのだけど、
まわりの雰囲気に圧倒されてしまって、殆ど飲めませんでした。
でも、みんなが喜んでいる雰囲気を味わえたから、これで良いや。

土産にお酒を数本買うと、あとは近くの八百屋で惣菜の「さばの味噌煮」二切れ240円で買いました。
地元の八百屋さんでお買い物。これも楽しみの一つです。
買い物を済ませると、速攻で退散。
「早く、家帰って飲みたい…」
ハンドルを握る家人が、時々うわ言のように、そう繰り返しておりました。

家に着いたのは夕方の4時ちょっと過ぎ。
豆腐屋さんで買った豆腐は、やっこにして塩と生姜醤油で。
冷蔵庫にあった、かしわ(鳥)をさっと湯がいてサラダにして、
あとはサバの味噌煮を。
サバも豆腐も、お酒にぴったり。
美味いねえ、美味いねえと二人して唸りながら、ぐびぐびと新酒を頂きました。
とっても楽しい休日でしたよ。
2009.02.12
蔵元さんへGO! その1

2月11日。
岐阜県は恵那市岩村町へ行ってきました。
岩村町は、かつて織田信長の叔母が
お城(岩村城)の主として、この土地を治めていた場所として有名な所です。
とても小さな町ですが、城下町の佇まい残る素敵な町です。

朝、出かける前にお弁当をこしらえます。
おいなりさんに、里芋の煮物に玉子焼きにブロッコリーを軽く茹でたものを。
水筒にあつあつの番茶をいれて、さあ出発。

この時期は町をあげての雛祭り。
通りに面した家からは、代々伝わるお雛さんを表に飾って、道行く人の目を楽しませてくれます。
名古屋から60キロほど離れたところですが、冬はとても寒さが厳しいのです。
写真の薄水色の暖簾がかかっている角地のお店、
何にも看板が出ていない小さな小さなお店。
ここでは手作りの豆腐を売っています。
豆の味がしっかりとして、とっても美味しいお豆腐です。

今日はお雛さんを見にいく他に、もうひとつ大事な用がありました。
それは、この町にある酒造さん「岩村醸造」が蔵開きを行うのです。
毎年新しいお酒がしぼれると、それのお披露目をかねて蔵開きを行います。
この時期は特別、そぼりたてのお酒を試飲することができます。
お酒には目がない私達。
今年のはじめに招待状を頂いたときから、この日がくるのを今か今かと
待ちわびていました。

入り口から酒蔵(試飲会場)まではこの細い道をぬけていきます。
よく見ると、なにやらレールが敷かれています。
少し前まで、運搬用にこのレールを使っていたそうです。
2009.01.28
寒い、日曜の昼。
2009.01.08
またいつもの暮らしへ

お正月も過ぎて、仕事もはじまって、また忙しくやっております。
でも、ちょっと気持ちに余裕があって、毎日楽しいなあと思います。
この数ヶ月さぼっていたお弁当作りも再開。気負わず、あるものを使って作っております。
さて、今度の週末は久しぶりにミシンを出して、何か作ってみようかなあ。
2009.01.04
お正月


あけましておめでとうございます!
昨年は沢山の方に御支援頂き、本当にありがとうございました。
いつもどこか抜けていて、あたふたしている私ですが、
今年はもう少し「落ち着いた大人の女性」を目指して
頑張っていきたいと思いまーす!!
えっ?そんな目標は立てるだけ無駄ですって?
まあまあ、何とか頑張ってみますよw
今年もどうぞ宜しくお付き合い下さいませ。
さて、お正月は皆様いかがお過ごしになりましたか?
いつも親しくおつきあいさせて頂いている御夫妻が
催される新年会に、今年も張り切って参加して参りました!
いやあ、今年も楽しかったですね〜。
テーブルの上には奥様手作りのご馳走がずらーーーっと並び、
ゲストの方々が持ち寄られたワインや日本酒が、これでもかこれでもかと出てきちゃいます。
ベースのMちゃんが持ってきて下さった関谷酒造の「空」の元旦絞り酒は、たまらんかったですよ!
ちなみに我が家は長珍酒造さんとこの純米吟醸酒を持ってまいりました。
・・・えっ?
カオポンさん、アンタ年末は酷い二日酔いで倒れていたんじゃないかって?
おほほ。
反省したわよw
ちゃんと考えて飲みましたから!


次から次へとお客様がやってきて、みんなで楽しくおしゃべりをしたり
私達の演奏を聴いて下さったり。
日頃、楽器を触ったことの無い方も興味本位でやってみたり、
実は物凄い才能をもってらっしゃる方がいたり。
学生さんから、80を越えた方まで、一緒にジャズを楽しみました。
政治や経済など暗くて堅い話は抜きにして、
世代を超えてみんなで楽しめるのって、いいですよね。
どんな世の中でも、自分がどんな状況になっても、
やっぱり人生は楽しまないと!


本当に素敵なパーティーでした!
御夫妻の新年会に参加させてもらえるようになってから、
お正月がくるのが待ち遠しくなりました。
この場を借りて、本当にありがとうございました。
気分はすっかり晴々。
明日からは仕事始めです。
さあ、がんばりますか!
2009.01.04
HOME
去年の暮れ…夜遅くまで知人とワインを飲み明かし、
べろべろに酔っ払って帰ったタクシーの中で、開いた携帯電話の画面には、
母からの不在着信が5通。

電話…何だったのかなぁ。
ひょっとして、「あれ」の事だろうか。
ふと嫌な想いがよぎるものの、
酔いで感情はすでに麻痺しており
そのあと、どうやって家についたのかさえも覚えていなかった。
翌朝。
ひどい二日酔いに襲われて、布団の中でくたばっていると電話がなった。
本当はとりたくなかったのだけど、家人が「母さんからだよ」と言うので
已む無くとった。
布団の中で海老の様に背を丸め、「もしもし…」と電話に応じると、
母さんは沈黙した。ひょっとして昨日、何度も電話をよこしたのに出なかったのを
怒っているのかと思って詫びようと口をあけた瞬間、
母さんは一言、「いっちゃった…」と呟いた。
いっちゃった。
逝っちゃった。
おばあが、おばあが。
あら、やっぱり。そうだったの、ふーん。
二日酔いも手伝って、酷く私は淡々としていた。
母さんもおかしなほど、淡々としていた。
ごめん、アタシ。今日はあんまり喋れない。そう詫びながら電話を切ろうとした瞬間、
頭の中に「おばあ」の顔が浮かんだ。
「あのさあ、母さん」
布団から顔を出して、私は話を続けた。
「こんな時期だからさ、飛行機の切符なんてとれないと思うけどさ、
一度旅行会社へ行ってみなよ」
沖縄行きの飛行機なんて、今からなんて絶対に無理だ。
それに訳あって親と離れてきた身だから、今更帰るなんてさ。
母さんは怒ったように言うと、また沈黙する。
おばあが危ないと聞かされてから、この2週間あまりこの話を
何度も何度も繰り返してきた。
その度に母さんは「いいから、絶対に何があってもいかないから」と
聞き分けのない子どもの様に意地を張った。
だけど、あの時の母さんは、何だろう…行っておいでと背中をおしてもらいたそうな感じがした。
「どんな訳があろうとさ、親だよ。母さん、行ってやりなよ。」
そう言って電話を切った。そして、酷い頭痛を忘れるためにひたすら眠った。
その夜遅く、また携帯電話が鳴った。母さんからだった。
「チケット…とれた」
まるで宝くじに当ったような呆けた声で、母さんは第一声そう伝えてくれた。
「うっ。よ、良かったじゃん」
まだ二日酔いは治らない。本当は「やったね!」といいたかったのだけど。
とにかく、行っておいで。私の代わりに手をあわせて頂戴。
短く話をして電話を切った。母さんは「はーい」と軽く答えた。
翌日、世間は大晦日。正月用に頼んでいた食材や御節を買いに走る。
空は穏やかに晴れている。車のとおりは少ない。

昼過ぎになって、ようやく二日酔いが治る。今回はかなり悪酔いした。
どうして、あんなに呑んだんだ?
1時間ちょっとでワインを2本と半分もあけていたのを思い出して
家人と二人で反省する。
いやなに、大掃除ではりきっちゃってさ、
そんでもって凄く疲れちゃってさ、ワインがおいしかったんだよ!
飲んでいる間、何度もカメラのシャッターをおしているのだけど
どれも酷くピントがぼけている。
まっ、その時は美味しく呑めたんだから、良しとしましょうや。
そう言って終わりにしようとすると、
家人はぼそりと「アナタも色々あったからねえ・・・」と言って笑った。
そして正月を待たずして、おせち料理に手をつける。
まるっと一日何も食べれなかった分、身に沁みるように美味しかった。
今年は色々あったねえ、介護というのを初めて体験した年でもあり
こうして暮れには、おばあの事を偲ぶ事になってしまってさ。
でも、大変だったけどさ、今年は今年で良い年だったと思うよ。
そんなことを話しながらお節の半分を食べ終えたあと、母さんへ電話をかけた。
もう今頃は、沖縄についているだろうな。
大丈夫かな、葬儀会場でしんみりとしているんじゃないだろうか。
それとも、自分の居場所がなくて片身の狭い想いをしているんじゃないだろうか。
母さんが電話に出てくるまで、緊張と不安で胸がいっぱいになる。
名古屋と沖縄の距離は以外にも近いのか、母さんはすぐに出た。
「もしもーし!!」
いつになく高い声で母さんは出た。
「母さん?!」
「はいよー」
まるで酒でも飲んだかのように陽気な声。
「聞こえるー?ねえー聞こえるー?」
母さんが一段と声をはりあげた瞬間、わあっと歓声が聞こえた。
「聞こえないって、母さん」
どうしたんだろう、とにかく母さんの声が元気そうで良かった。
そうホッとしていると電話の向こうから沖縄の民謡が聞こえてきた。
「あのねー、もう凄いよー。親戚も近所の人もみんな来てサー、
宴会みたいよー。もうみんな泡盛で出来上がっちゃってサー」
「はあ……」
20年前、“大きいおばあ”が亡くなった時のことを思い出す。
あの時も祭りのように大人たちが皆して、馬鹿騒ぎをしてた。
沖縄の人がみんな、こういう弔い方をするとは聞かないが
島ではこれが常識だった。
楽しいことも、哀しいことも、私の知っている沖縄の人たちは、皆歌い踊る。
この後、母さんの携帯電話は親戚中に回される破目になってしまった。
おばあの弟、母さんの妹、その子供達。
今まで母さんが意識して距離をとってきた人たちが、皆電話に出て、私と話したがる。
おばあは幸せサー、ばらばらになっていた兄弟や親戚がみんな集まったサー、
きっと近くでこの様子を見て喜んでいるサー。
哀しいけれど、こんなに幸せなことはないサー。
興奮したように、みんなそう言う。
そして最後には笑っているのか泣いているのか
わからないうちに、他の人が「もしもーし」と話をはじめる。
母さん、家に帰れてよかったね。本当に良かったね。
気がつくと、私の顔は涙でぐしょぐしょに濡れていた。
哀しいけれど、凄く凄く・・・ほっとしたのだ。
電話を切ると、私は蕎麦を湯がいた。薬味にねぎを刻んで、ざるに盛って出した。
「おつかれさん」
「うん」
二人して笑って、蕎麦をすすった。
蕎麦は凄く美味しかった。
べろべろに酔っ払って帰ったタクシーの中で、開いた携帯電話の画面には、
母からの不在着信が5通。

電話…何だったのかなぁ。
ひょっとして、「あれ」の事だろうか。
ふと嫌な想いがよぎるものの、
酔いで感情はすでに麻痺しており
そのあと、どうやって家についたのかさえも覚えていなかった。
翌朝。
ひどい二日酔いに襲われて、布団の中でくたばっていると電話がなった。
本当はとりたくなかったのだけど、家人が「母さんからだよ」と言うので
已む無くとった。
布団の中で海老の様に背を丸め、「もしもし…」と電話に応じると、
母さんは沈黙した。ひょっとして昨日、何度も電話をよこしたのに出なかったのを
怒っているのかと思って詫びようと口をあけた瞬間、
母さんは一言、「いっちゃった…」と呟いた。
いっちゃった。
逝っちゃった。
おばあが、おばあが。
あら、やっぱり。そうだったの、ふーん。
二日酔いも手伝って、酷く私は淡々としていた。
母さんもおかしなほど、淡々としていた。
ごめん、アタシ。今日はあんまり喋れない。そう詫びながら電話を切ろうとした瞬間、
頭の中に「おばあ」の顔が浮かんだ。
「あのさあ、母さん」
布団から顔を出して、私は話を続けた。
「こんな時期だからさ、飛行機の切符なんてとれないと思うけどさ、
一度旅行会社へ行ってみなよ」
沖縄行きの飛行機なんて、今からなんて絶対に無理だ。
それに訳あって親と離れてきた身だから、今更帰るなんてさ。
母さんは怒ったように言うと、また沈黙する。
おばあが危ないと聞かされてから、この2週間あまりこの話を
何度も何度も繰り返してきた。
その度に母さんは「いいから、絶対に何があってもいかないから」と
聞き分けのない子どもの様に意地を張った。
だけど、あの時の母さんは、何だろう…行っておいでと背中をおしてもらいたそうな感じがした。
「どんな訳があろうとさ、親だよ。母さん、行ってやりなよ。」
そう言って電話を切った。そして、酷い頭痛を忘れるためにひたすら眠った。
その夜遅く、また携帯電話が鳴った。母さんからだった。
「チケット…とれた」
まるで宝くじに当ったような呆けた声で、母さんは第一声そう伝えてくれた。
「うっ。よ、良かったじゃん」
まだ二日酔いは治らない。本当は「やったね!」といいたかったのだけど。
とにかく、行っておいで。私の代わりに手をあわせて頂戴。
短く話をして電話を切った。母さんは「はーい」と軽く答えた。
翌日、世間は大晦日。正月用に頼んでいた食材や御節を買いに走る。
空は穏やかに晴れている。車のとおりは少ない。

昼過ぎになって、ようやく二日酔いが治る。今回はかなり悪酔いした。
どうして、あんなに呑んだんだ?
1時間ちょっとでワインを2本と半分もあけていたのを思い出して
家人と二人で反省する。
いやなに、大掃除ではりきっちゃってさ、
そんでもって凄く疲れちゃってさ、ワインがおいしかったんだよ!
飲んでいる間、何度もカメラのシャッターをおしているのだけど
どれも酷くピントがぼけている。
まっ、その時は美味しく呑めたんだから、良しとしましょうや。
そう言って終わりにしようとすると、
家人はぼそりと「アナタも色々あったからねえ・・・」と言って笑った。
そして正月を待たずして、おせち料理に手をつける。
まるっと一日何も食べれなかった分、身に沁みるように美味しかった。
今年は色々あったねえ、介護というのを初めて体験した年でもあり
こうして暮れには、おばあの事を偲ぶ事になってしまってさ。
でも、大変だったけどさ、今年は今年で良い年だったと思うよ。
そんなことを話しながらお節の半分を食べ終えたあと、母さんへ電話をかけた。
もう今頃は、沖縄についているだろうな。
大丈夫かな、葬儀会場でしんみりとしているんじゃないだろうか。
それとも、自分の居場所がなくて片身の狭い想いをしているんじゃないだろうか。
母さんが電話に出てくるまで、緊張と不安で胸がいっぱいになる。
名古屋と沖縄の距離は以外にも近いのか、母さんはすぐに出た。
「もしもーし!!」
いつになく高い声で母さんは出た。
「母さん?!」
「はいよー」
まるで酒でも飲んだかのように陽気な声。
「聞こえるー?ねえー聞こえるー?」
母さんが一段と声をはりあげた瞬間、わあっと歓声が聞こえた。
「聞こえないって、母さん」
どうしたんだろう、とにかく母さんの声が元気そうで良かった。
そうホッとしていると電話の向こうから沖縄の民謡が聞こえてきた。
「あのねー、もう凄いよー。親戚も近所の人もみんな来てサー、
宴会みたいよー。もうみんな泡盛で出来上がっちゃってサー」
「はあ……」
20年前、“大きいおばあ”が亡くなった時のことを思い出す。
あの時も祭りのように大人たちが皆して、馬鹿騒ぎをしてた。
沖縄の人がみんな、こういう弔い方をするとは聞かないが
島ではこれが常識だった。
楽しいことも、哀しいことも、私の知っている沖縄の人たちは、皆歌い踊る。
この後、母さんの携帯電話は親戚中に回される破目になってしまった。
おばあの弟、母さんの妹、その子供達。
今まで母さんが意識して距離をとってきた人たちが、皆電話に出て、私と話したがる。
おばあは幸せサー、ばらばらになっていた兄弟や親戚がみんな集まったサー、
きっと近くでこの様子を見て喜んでいるサー。
哀しいけれど、こんなに幸せなことはないサー。
興奮したように、みんなそう言う。
そして最後には笑っているのか泣いているのか
わからないうちに、他の人が「もしもーし」と話をはじめる。
母さん、家に帰れてよかったね。本当に良かったね。
気がつくと、私の顔は涙でぐしょぐしょに濡れていた。
哀しいけれど、凄く凄く・・・ほっとしたのだ。
電話を切ると、私は蕎麦を湯がいた。薬味にねぎを刻んで、ざるに盛って出した。
「おつかれさん」
「うん」
二人して笑って、蕎麦をすすった。
蕎麦は凄く美味しかった。
2008.12.21
二年ぶりの蟹

母さんをつれて、二年ぶりに越前へ。
母さんは、蟹が食べれるーーと言って大喜び。
二年前より、ちょっとこぶりの蟹だったけど
味は絶品。
お店の奥さんが丁寧に蟹の殻をむいて甲羅の上にぷりぷりに詰まった実を、
これでもか、これでもかと、乗せてくれた。



越前の海は珍しく穏やかだった。
母さんと海に面した小さな銭湯で湯につかり、
その後水仙の花が咲く山道を走った。
山道を走っていくと、山の向こうに海が見えた。
陽が海に沈むのを、高台に建てられた喫茶店からぼんやり眺めていると
母さんが「今日はありがとう」と、ぼそっと呟いた。
いやいや、なんの。
お互いに健康でいましょうね。
そうしたら、また蟹を食べにつれていってあげるから。
そう言って、ずずっとカップの中のレモンティーをすすった。
レモンティーはちょっと酸っぱかった。














