あめふりさんぽ     2005.06.22
あーちゃんは赤いレインコートをきて
おーちゃんは蒼いレインコートをきて
てくてくてくてく歩いていく

おーちゃんは雨の色は蒼いと思って
あーちゃんは紅いと思った

水無月の雨はいろんな色
まちも
ひとも
しぜんも
水無月の雨に染まっていく

あーちゃんは赤いレインコートをきて
おーちゃんは蒼いレインコートをきて

てくてくてくてく歩いていく




IMG_000099.jpg

やあ諸君。僕はアリ。そう、昆虫の蟻。
今日も僕の体はピカピカに黒く光ってる。いつもしっかりとキメるのは結構大変なんだよねえ。
でもさ、僕ら働き蟻の身分でも、ひょっとしたら女王様とお会いできるかもしれないんだよ。
それで何十万も、何百万もの働き蟻の中から「まあ、アナタの名前は」なんて見初められちゃうかもしれないんだぜ。
という事で、僕は毎日女王様の為に一生懸命に頑張っているんだ。

ところでさ、この数日、僕の家の上で何か「ドンドン!」って音がするんだけど、ありゃあ何だい?
地下数メートルも深く掘った僕達の居住区に、さっきから「ぶーんぶーん」とか「ぷぺぽー」とか
可笑しな音が響いてくるんだ。寝れたもんじゃないよ、ったく……。

でさ、僕はこの音の出所を突きとめようと思ってんの。
噂によると女王様も気になっているらしいんだ。
「あの音を聴くと、胸がドキドキしてしまうの」ってさ。
だから思ったんだ。
僕がこの音の謎を解き明かしたら、女王様は僕の事を好きになってくれるかもしれないってね。
さあ、ぐずぐすしてなんかいられない。
さっき、情報屋のモグラも「20年ぶりに地上に出てみるぞ」なんて言ってたし、
先を越される前に何とかしないと。

じゃあ、諸君。僕こと「アリ」は今から旅に出ます。
何日かかるか分からないけれど、必ずここに戻ってきます。
もしも何日経っても僕が戻ってこなかったら、どうかこの言葉を女王様にお伝えください。

「僕は、アナタの事が好きでした」と。

それじゃあ、しゅっぱーーーつ!!
「ねえ母さん…」
「何?」
「いや…別に」
「どうしたの?あたしの顔に何かついてる?」
「いや、別に…」
「そう。…似てるわね」
「え?何が?」
「お父さんの若い頃に」
「父さんの…?」
「そう。お付き合いを始めた頃のお父さんの顔に」
「……」
「初めてデートをしたのがジャズ喫茶だったの。
レコードの音がうるさくて、何を喋ったのか覚えてないけど」
「ふーん」
「その時、あなたと同じ眼をしてた」
「母さん…」
「何?」
「母さん、今日はきれいだよ」
「バカね。大人をからかわないで」
「からかってなんか」
「ほら、始まるわ。父さんの好きだった曲が…」
「どうだい?楽しんでる?」



ジンジャーエールでぱんぱんになった僕の膀胱は、発射3秒前の緊急事態。
10分間の休憩が入た瞬間に、僕は急いでトイレへ駆け込んだ。

幸い先客の姿がいない事で気が緩んだ僕は、
トイレの中でさっき聴いた曲のフレーズをつい口ずさんでしまった。

シャバダバダバダー
ダッダッダッダ・ダダー
ドゥビドゥビダバドゥビ
パッパドゥビドゥビ!

口ずさんだのは、さっきまでステージに上がっていたペット吹きのオヤジの真似。
ペットを吹いてるより、濁声でスキャットしていた時間の方が長かったけれど
聴いていた観客は大いに沸いた。

----やあ、サッチモじゃないか!

僕の隣にいた老人が嬉しそうに僕に相打ちを求めてきたけれど、
僕は「サッチモ」が何なのか知らないから、ただ曖昧に笑ってみた。
「サッチモ」って、何だ?
よく「にっちも、さっちもどうにも」って言葉を聞くけど、その意味だろうか。
まあ、そんな事はどうでもいい。
とびっきりの笑顔で「シャバダバダバ」言っていたのが凄く気持ち良さそうで、
僕は一生懸命に声を潰して真似てみた。

シャバダバダバダー
ダッダッダッダ・ダダー
ドゥビドゥビダバドゥビ
パッパドゥビドゥビ!

やっと膀胱がすっからかんになってスッキリすると、僕は何食わぬ顔でトイレのドアを開けた。

「よう」
開いた瞬間に声をかけられて、僕は思わず「うう」と仰け反った。
しまった、トイレで歌っていたのを聞かれたかもしれない。
口元を手で押さえたまま目礼すると、目の前の男はクスリと笑った。
「楽しんでるな…」
男は口笛を吹きながら、代わりにトイレの中へ入っていく。
その口笛の音が、さっきのペットの曲だという事に僕は気付いた。

いいな。ジャズって!
思わぬところで心が通じるんだから。
弾むような気持ちでトイレを2、3歩後にすると、今度はトイレに向って誰かが大きな声で呼びかけた。
----益田さん!益田さん!もう後半のステージ始まっちゃいますよ!
切羽詰った勢いでトイレのドアを叩かれても、トイレの向こうの男は何も動じない。
それよりも、益々気持ち良さ気に鼻歌なんか歌っている。

「ああ、俺は此処で聞いてるから、好きにやってくれよ」

トイレの中の男は、のんびりとした声でそう答えた。
「今日の月はあまり形がよろしくない」
「そうね。月はいつも良い顔を見せてくれるわけでもないから」
すぐ傍からそんな会話が聞こえた。

こんなに密閉された空間なのに、どこから月を眺めているのだろう。
そう思って会場をぐるりと見渡してみると、月は「いた」。

店主の趣向だろうか。
天井に小さな明り取りの天窓が作られていて、そこだけが蒼白く光っている。
月はそこから私達を覗いていたのだ。

確かに今宵の月は満月でも三日月でもない。
兎が餅をつくにはどこか肩身が狭そうだし、愛を語るには物足りない。
それでも私は、その月の様子が愛しく思えた。

同じ頃、ステージの端で一人の男がピアノを弾いていた。
聞こえてくる曲は「Fry me to the moon」。
彼が奏でるジャズピアノの音色は、うっとりとする程甘くて美しいのに、
彼は観客になかなか顔を見せようとしなかった。
まるで鍵盤に顔をこするのではないかと思えた程だ。

私は彼の素顔を知っている。
いつも気難しがりやで素っ気無いけど、
時々はにかんだ笑顔を私に見せてくれる。

彼は今日の月と良く似ているのだ……。
三番目にステージに上がったバンドが、「SATIN DOLL」を演奏する。
上品ですべらかなサテン地の感触を思わせるような、ピアノの軽やかな音。
「僕ね、この曲を君の為に弾くよ」
昨日もらった電話、いつになく真剣な声であなたは言った。
その時は「ふん」って意地悪く笑ってみたけれど、本当の気持ちは……。


シルクシャンタンのカクテルドレスに
汕頭(スワトウ)のハンカチ。身に纏った香は「アナ・スイ」

港町の貿易商から買った中国人形に似せて、
今日は自分をそんなふうに飾り立てた。

あなたの為に飾り立てた。
ジャズ小噺 4     2005.06.12
ウッドベースを弾く姿って、男性が女性を後ろから抱きしめている様に見えるのだけど、
あなたはそう感じた事はない?
ほら、あのベーシスト。眼を瞑って、激しく腰を抱くように弦を弾いている。

ちょっとだけ、あの胴長の楽器に嫉妬してしまったわ……。
ジャズ小噺 3     2005.06.10
男が30を迎える時と女が30を迎える時って、何だか気持ちが全く違うみたいね。
女はいつも鏡を覗いては、やれ皺が増えただの吹き出物が出来ただのと騒ぐけど、男は違う。

20代の時よりずっといい顔になって、時には少年に戻ってしまう時も。
彼も30を迎えるけれど、まさにそんな感じ。
もうすぐ始まろうとしているステージの裏で、人一倍素敵な笑顔を浮かべている。
悔しいけれど、そんな彼が好き。

さあ、始まったわ!ステージが。
シャンパンを片手に、あの人のジャズを聴かなくちゃね。
小さい文字
ストリートで遊んでいる奴等が誰しも「ヒップホップ」ばかり聴いているんじゃない。
この前「1 on 1」の相手をしてくれた男が、そんな事を言っていた。
3ポイントシュートを決める時、男の頭の中ではジャズが聞こえているらしい。
「ジャズって…何聴いているんだ」
そう聞きたかったものの、俺は何も聞かずにその男と別れた。
バスケットコートの中では、その男に全く歯が立たなかったのが癪に障ったのが本音だ。

何カッコつけてんだよ。
腹立ち紛れに何度も壁にボールをあてたものの、
橙色のバスケットボールはただ俺の方へ戻ってくるだけ。
結局その日の夜は、俺は一睡も出来なかった。

それから数日後。同じ場所で、またあの男に出会った。
男は俺の顔を見るなり、一枚のチケットを俺の手に握らせた。
男がくれたチケットは、とあるジャズバーで開かれるジャズライヴ。
「一度聴いてみればわかるさ」
男はそう言うと、含みのある笑顔を見せて立ち去った。



そして今。俺は男のくれたチケットをたよりに、この小さなジャズバーの中にいる。
まだ何がわかるかは、はっきりと言えない。
だけど、さっきからかかっている曲を聴いているうちに、
体が跳ねるような気持ちになるのは何故だろうか……。