カフェ番長

カフェ番長「カオポン」の、珈琲と喫茶店日記。 時には鞄を作ったり、ジャズを歌ったり。 手作りの暮らしを楽しんでます。

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掌編小噺 「工場と異人の夏」その2

「ほら、雅(みやび)」
「んあ?」
「いつまでぼーっとしてる」
「あ、ああ…」
「食べ終わったら手伝ってほしい事があるからね」
「えっ…」
「えっ、じゃないでしょう?もうすぐ豆屋が来るから、来たらお父さんと一緒に豆を倉庫に運んでよ」
「わかりました…よ」


赤茶色のツールに浅く腰をかけ、カウンターに肘をつきながら、俺は常連客に混ざって朝食のトーストに噛り付いていた。
喫茶店を営んでいる俺の家は、古い木造の二階建てで、一階を店舗にして二階に家族3人で暮らしている。
朝早くから店をあける為に、物心ついた時から俺の朝飯は店のパンとコーヒーだ。
たまに茹でた卵をつける時があるが、食っている時間は殆どないから、コーヒーしか飲まない時もある。
“ネギを刻む音で目が覚める”って話しを聞いた事があるけど、俺の家では、まずそんな事はありえない。
まだ夜も明けぬうちから、親父は豆を炒り始める。焙煎機の前に立って、豆が炒られていく様子をじっと見守っている。
今日客に出す分の豆を朝一番に引いて、その日の内に客に出し切る。炒った豆が切れたら、朝だろうか昼だろうが親父は店を閉めてしまう。随分偏屈なところがあるけれど、親父の淹れる珈琲は美味いと評判で、カウンター8席しかない小さな店は朝から満席だ。
トイレに一番近い端側の席があいている時だけ、俺はそこに座って食事をとる事を許されるのだ。

coffe7.gif




「ミヤ」
煙草で歯が真っ黒な近所に住む『龍爺ちゃん』が、真っ黒いコーヒーの中にパンのみみをどっぷりと浸しながら俺の名前を呼んでいる。
「ああ」
「今日も…球、蹴ってきたんか?」
「ああ」
「そーか。今日もミヤは球蹴ってきたんだ」

『たま、けってきたんか』

これがこの龍爺ちゃん(たつ爺ちゃん)の、俺への「おはよう」みたいなものだ。
そして俺の「ああ」も、「おはよう」みたいなもの。
龍爺ちゃんの名前は本名『加藤龍蔵』
俺の死んだ爺さん『平賀一男』とは子供の時からの親友だった。
今じゃあ少しボケちゃって、耳も眼も大分遠くなっちゃったけれど、囲碁をやらせるとこの町内では右に出る者がいないくらい、強いらしい。
俺がこどもの時は、昔理容師だった経験を生かしてよく散髪してもらったものだ。
今では街から生活保護を受けて、俺ん家の近くで一人暮らしをしている。
歯なんかほどんど無いけれど、いつも俺ん家でモーニングを食べに来るのだ。

龍爺ちゃんはスポーツ新聞の中の釣り情報を見ながら、しゃがれた声で話しを続ける。
「わしはミヤがちーさい頃から知っているが、ひとーつだけ、分からん事があるな」
「何が?」
自分の実の爺さんでもない、あかの他人なのに俺の事が一つしか分からないなんて、龍爺さん何言ってんだか。

「なあ、ミヤ。お前さんは何でそうも、毎日たまを蹴っているのかの。たま蹴る以外にも、お前さんの年だったらやるべき事は幾らでもあるはず。
勉学もしかり、女の嗜みもしかり。ま、女の事はどうでも良い。
じゃども、おまえさんにはたま蹴る事しか無い。
それは何故かと問うているわけじゃが…おぬし答えられるかの」

そう言いながら老眼鏡を掛け直し、『ワカサギ大漁。河口湖』と書いてある記事に見入っていた。

何で、球けっているかって?
何でだろう。好きだからなのか?それだけじゃないかもしれない。
物心ついた時から、俺はボールを触っていた。
別にオヤジが薦めたわけでもなく、俺はボールを触る事が当たり前の様に、ボールを触った。
ボールならなんでもいいわけではなく、サッカーボールじゃないと駄目だった。
テレビでサッカーを知るよりも先に、俺はサッカーを知っていた様に感じた。
一流の選手になりたいとか、世界に出たいとは思わなかった。
ただ、がむしゃらに…ボールが触りたかったのである。

「俺もよくわかんないっす」
そう言って、俺は笑った。そして、苦酸っぱいコーヒーに牛乳をドボドボと足して飲んだ。
パンも殆ど噛まずにコーヒーで流しこむと、俺は鞄とサッカーバックをかついだ。
「じゃ、行ってくるから」

豆屋が来るまでに、まだ少し時間がある。
店の前は長い海岸が続いている。砂浜の上でボールを転がしたくなった俺は、母親に呼び止められる前に店を出て行った。





朝のボールリフティングは、それからもずっと続いた。
小雨の日にはフード付きのトレーナーを着た。
風が強い日は、別の遊びを考えてみた。
ペットボトルに水を入れて、間隔をつけて何本か置くと、
そこをドリブルで抜く遊びを始めた。
ゲームの時の、ディフェンスを抜くようなイメージを作るのだ。
勿論、本物と違ってペットボトルは全く動かないけれど、なるべく早く無駄の無いタッチで抜けてみようと思った。
俺の「一人遊び」は、飽きる事無く続く。
そして必ず7時を過ぎると、バスの中から俺を見つめる「アイツ」の視線を感じた。

『俺に何かあるなら、話かけてこい』

俺は信号の様に、あいつにボールを見せながら念じた。
話はしなくても、ずっと前からアイツとは語り合っている、そんな気がしてきた。

そして、工場の奥の雑木林の緑が柔らかい萌黄色になった春の朝、それは突然俺の前で起きた。

いつもの様に、ボールをついていた。
明日から新学期という日だった。
なかなか学校で自分の居場所を見つける事も、
その場所を探そうとする気持ちも起こらずに進級した事を少し反省しながらボールをついていた。
俺は学校の中では、あまり目立たない方だった。
学校の休みの時間は、屋上でボーっとしていた。
時々声をかけてくれる奴はいるが、差し障りのない会話をするぐらいで、
休みの日に家まで遊びに来る奴はいなかった。
そういう事に対して、あまり孤独や疎外感を感じないわけでも無かったけれど、その事についてあまり深く考えたくはなかった。
ただサッカーができればいい、そう思っていた。
しかし、ある時ふと、そういう自分がたまらなく嫌に思うことがある。
本当に俺は、こんなふうでいいのだろうか。
このまま、大人になってしまうのだろうか。

とりあえずは、少しは話ができる友達を作ろうかと思った。
まずは始めが肝心だ。
クラス活動の一番始めに行う自己紹介で、何を言おうか考えていた時に、工場からゆっくりとバスが出てきた。
いつもの様にアイツの事を意識しながら、俺は膝下で細かくリフティングを続けた。

「…あれ?」

いつもいるはずの窓の位置にアイツの顔が無いのを感じた瞬間、俺の動きはピタリと止まった。
休んだのか?
病気か?
それとも、仕事を辞めちゃったのか?
いろいろな疑問が次から次へと頭の中に湧き、俺はその時心の底からがっかりしていたのを感じた。
「…のやろう!」
感情任せにボールを乱暴に地面にたたきつけた。
俺の荒っぽい扱いを避けるかの様に、ボールは俺の眼の高さを越えて、大きく弾んだ。
その弾む勢いを足裏のトラップで抑えようと、ゆっくりと左足を上げた時だ、
「トントントントント・トントン」と、細かくボールをつく音が俺の背中から聞えてきた。
「マジ…かよ」
冬枯れたススキの草むらを分ける様に、一人の少年がボールをつきながら俺の方に向かって歩いている。




(第二話・後書き)

昔は自分もけっこうボールつき(リフティング)ができたのだけど、
最近はさっぱり。
少し続けてやっていると、もう疲れちゃう。


あと、子供の時。
「全国ボールリフティング大会」と言うのが家の近くでやってて、参加しに行ったら、審査員の中にラモスとセルジオ越後氏がいたのを覚えてる。

審査は1グループ10人ぐらいで同時にリフティングをはじめて、落としたら負けというルール。子供の時から「本番に弱い」カオポンは、はじめてから数秒もしないうちに脱落。(とほほ)
当時同じクラスの男の子が、一人凄く上手い子がいて両氏に褒められてた。サッカーが目茶目茶上手かったKくん。今もサッカー好きかなあ。



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COMMENT

セルジオ

解説では厳しいセルジオ越後さんも、子供には優しかったのだ!

| 和三郎 | 2007/05/16 09:22 | URL | ≫ EDIT

ラモスは今よりもっと目がぎょろぎょろして、少し近寄りがたい雰囲気でした。セルジオ越後さんは凄く積極的に、自分達と関わってくれて人のいいおじさんという感じでした。
印象に残ったのは、ラモスさんが群集から離れた所で、ボールをずっと頭の上に乗せたままバランスをとっていたこと。
友達と一緒に「オットセイだ!」ってはやし立てたのを覚えてますよ。

| カオポン | 2007/05/16 21:25 | URL |















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