カフェ番長

カフェ番長「カオポン」の、珈琲と喫茶店日記。 時には鞄を作ったり、ジャズを歌ったり。 手作りの暮らしを楽しんでます。

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掌編小噺 「工場と異人の夏」 その6

押入れを開けた瞬間、かびた匂いがした。この数十年、ずっと閉めっぱなしにしていたのだろう。
久しぶりに光が差し込んだ押入れの中は、鼠の糞や蜘蛛の巣が蔓延っている。
「うわ、すっげえ…」
体が何だか痒くなってくるのを感じながら、俺は上の段にあった古い柳行李を見つけた。
「爺ちゃん、これか?」
爺ちゃんが肯くのを合図に、俺はルシアーノと一緒にそっと柳行李下ろした。
埃をはらいながら、蓋をあけると色の変った新聞紙に何枚も包まれた一つの包みが出てきた。
俺達は発掘作業をするかの様な気持ちで、丁寧にその包みをほどくと、中から何枚か写真が出てきた。
おかっぱに切り揃えられた幼い子供の写真や、端午の節句の時にでもとったのか、
鎧人形の隣でポーズを決める小学生らしき龍爺ちゃんの姿があった。
「これじゃ、ないよなあ」
息が詰まるような暑さの中、俺達は汗をいっぱいに吹きながら、紅茶色に染まった何枚かの写真を見た。
龍爺ちゃんは窓をあけると布団の上でじっと座って俺たちの様子をじっと見守っている。
一枚一枚「これか?」と爺さんに見せるものの、爺さんは首を横に振るだけだ。
やっぱり、夢の中で語りかけてきた戦友の言葉にかなうものは無いんだよ、そう諦めかけていた時だった。
「あっ」
二人とも同時に声をあげ、そして黙って互いを見つめる。
「これ…」
「だな」
手元に残った最後の一枚を見つめて俺たちは肯いた。

「あったか、雅」
俺たちの気持ちが伝わったのか、それまで静かに目を閉じていた爺さんがぼそっと声をかけてきた。
「ああ」
爺さんの前に胡坐をかくと、俺はその一枚の写真を見せた。
「ああ、これだ…」
爺さんのほっとした声に、ルシアーノが「良かった」と手を叩いく。
部屋の隅にあった扇風機に手を伸ばすと、俺は自分の体にピタリと寄せた。

「知らなかったよ」
扇風機の風に自分の声がわらわらと揺れる。
「龍爺さん、サッカーやってたんだ」
「ふっ、まあな」
胸ポケットから煙草を出すと爺さんは煙草を口に咥えた。







「サッカーと言う言葉が昔からあったものではない。フットボールでもない、『蹴球』だ」
龍爺ちゃんは俺の手から写真を取ると懐かしそうにその写真をなでた。
「しゅうきゅう?」
「ああ。わしらは日本にその蹴球が入ってきた当時に始めた、まあいわば、先駆者の様な者じゃ。
まだ戦争の話が聞えてこない頃の話だ。手縫いの麻のボールを追って、わしらはおまえ達の様に毎日球を蹴っていた…」


何も無い、だだっぴろい空き地。其処は今から50年以上も前の俺たちの街の風景だった。
セピア色に染まる空の下で、龍爺ちゃんは俺の死んだ爺さんと、
そして戦争で先に亡くなってしまった「雅幸」と言う人と三人で肩を組んで立っていた。
「ほら、こいつ」
爺さんは写真の真ん中にいる少年を指した。
「こいつが、おまえの「雅」って名の元になった「雅幸」な。
おまえに似て、ちょっと無口で何考えているのか分らん奴だったが、球蹴ってる時だけは良い顔してやがった。
サイパンで死なんかったら、今でも球蹴ってるはずさ。なあ、そうだろ?雅やん…」
最後は写真の友人に話しかける様な口ぶりになりながら、爺さんは昔の事を振り返った。


その日、爺さんの家を後にした俺たちは、いつもの空き地へ向った。
爺さんの話を聞いたからなのかもしれない。何だか、無性にボールを触りたくなったのだ。
俺たちはずっと黙ったままボールリフティングを続けた。
戦争がどうだとか、平和がどうだとか、そういう事を考えるのはちょっと難しい。
でも、こんなふうに心を許せる仲間とボールを触っていられることは凄く幸せなんだ。
だから俺は「雅幸」という人の分も含めて、これからもサッカーを続けていくんだ、きっと。
そんな事を自分に言い聞かせながらボールをついてると、ルシアーノと目が合った。
俺の考えている事がちゃんと分かっている様で、アイツは黙って肯く。俺はそれだけで満ち足りた気持ちになった。

その後、龍爺ちゃんはすぐに仲間たちの所へ旅立った。
亡くなる前に、ちゃんと大切な想い出を振り返る事が出来て良かったと思う。
龍爺ちゃんはこれで本当に、仲間たちと思う存分に球を蹴れるんだ。寂しいけれど、俺はそう思うことで納得した。


そして龍爺ちゃんが亡くなってすぐに、その市営住宅は取り壊されたのだった…。




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