カフェ番長

カフェ番長「カオポン」の、珈琲と喫茶店日記。 時には鞄を作ったり、ジャズを歌ったり。 手作りの暮らしを楽しんでます。

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素敵なお客様

昨日は昼過ぎからとても腐っていた、私。
久しぶりに人の毒気に当てられて、相当気持ちがナーバスな状態だった。
おまけにまだやらなくてはいけない仕事が沢山待ち受けている。
おなかはぺこぺこだけど、ランチに行く時間もコンビニに寄る時間も無い。
とにかく、憂鬱な午後だった。

そして時計が3時を回った頃、事務所に男の人が現れた。
その日は凄く暑い日だったのにもかかわらず、その人は黒のスーツを着ていた。
でも、そのスーツが素人の目からみてもとても上質な麻のスーツだったから、かえって清々しく感じる。
「お久しぶりですね」
その人は、私達の目をまっすぐに見て優しく笑いかけた。

「ああ…Mせんせえ」
差し出された抱えきれないほどのケーキの箱を受け取りながら、私は思わずその人に飛びつきたい気持ちにかられる。
『Mせんせぇ』は、私達仕事仲間の間では伝説の人だった。
もう10年以上も前ではあるけれど、彼はここで講師を務めていた。
彼の授業を聴くためにわざわざ県外から通う生徒がいるほど、その人の授業は大変魅力があったらしい。
私は彼と入れ替わりにこの塾に入ったので、彼の仕事ぶりを直で拝見する事はできなかった。
彼の伝説ぶりは尚も健在で、今では自分で塾を経営して、名古屋のど真中に自社ビルをたててしまう…いわゆる『勝ち組』の一人だ。

自分から見たら、Mせんせぇはお星様の様な存在だ。
年は離れていると言っても、自分とは10ほどしか離れていない。
でも、年齢以上に心に深みがあって、彼を前にすると素直に憧れの気持ちが芽生える。
こんな自分に対して、何故か彼とは食事や彼が主催するパーティーに呼んでもらえたりする。
会社では全く接点が無かったのに、彼は友人として接してくれている。ちょっと不思議な関係だ。

早速、『おみや』に頂いた老舗の洋菓子屋さんのケーキをいただく。
彼の『おみや』は、とにかく凄い。
この時期、一番美味しいものを知っていて、値を問わずに職員全員の分を包んでもってくる。勝ち組ならではの貫禄と言うか、余裕なんだろうか。
そのやり方がいつもスマートなので、誰も嫌味に感じた事が無い。

半分ほどケーキを食べたところへ、彼が私の前にやってきた。
そして私と向き合うと「良かったら最近の話をしていただけませんか?」と。
「最近…って、私のこと?仕事のこと?」
彼は、後者の方に肯いた。
うーむ、仕事かあ。彼とは音楽とか芸術とか、自分のバカ話しか話をした事が無かったので、いざ仕事の話となると緊張する。
「自分も含めて、みんな、楽しくやってます」
営業の成績よりも、メンタルな事について話をする。この人にしてみれば、うちの敷地に一歩足を入れただけで、そこが上手くいっているのかいっていないのか、瞬時に悟ってしまうような切れ者なので、営業の話はいいだろうと思ってみたりする。

「そうですか。それは、良かった」
そう言いながら、彼は私の顔を見た。何か言いたいことがあるなと感じた私は、「Mせんせぇ?」と聞き返してみる。
すると、彼はこう言った。
「カオポンさん、あなたは少し姿勢が悪い様な気がします」
「え…?」
「猫背ですね?」
「あ、昔からよく言われます」
「それは良くない」
「はい…」
人と接する職についているのですから、姿勢には気をつけた方がいいですよ。

彼の言葉に私はハッとした。
姿勢が悪いのは確かなのだけど、そんな事を言われるのは初めてだった。
当たり前の事なのだろうけど、言われるまで気づかなかった。
「お客様と接する時にね、きれいな姿勢で話を聞いてあげると、大抵の人は相手に対して良い意味の緊張感を持ってくれるんです」
「はい、確かに」
「カオポンさんは、言いやすいと言うか、言われやすい処があります。言われてプラスになる時もあれば、それでマイナスになることもある。
マイナスになる前に、そういう対応を受けない強さが必要なんです」
数時間前、自分が人(客)の毒気にあてられていた事を透視していたかの様な口ぶりで彼は話す。
「進言、ありがとうございます」と言って頭を下げると、彼はくすりと笑った。

これから私の上司と話があるという事で彼が席を立つとき、私は家に帰る事にした。
「Mせんせぇ、ごちそうさまでした」
そう言うと、彼は私に聞こえるぐらいの小声で「そういえば、去年の暮れのパーティー、楽しかったです」と囁いた。
「は、はあ…」
去年の事を思い出して、私は思いっきり恥ずかしくなる。
パーティーの内容があまりにも楽しすぎたからかもしれない。
「ありがとう」の気持ちを伝えたくて、思わず私は彼を抱きしめてしまったからだ。
少しは酔っていた。でも、酔いにまかせての行動では無くて、心からの感謝の気持ちで私は彼の背中に腕をまわしていた。
「ひゅー!」と冷やかすような声が飛び交う中、彼は少年のように頬を赤らめた。
いつもならすぐに気の利いたジョークが飛び出すのに、素で驚く彼の表情がとても印象的だった。


「また、今度皆さんで飲みませんか?」
「はい!是非」
そう勢い良く答えた後、私は「でも…」と付け足した。
「でも…もう、あんなことはしませんから」

背を正してそう言うと、分かりましたとあの人は深く肯いた。



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