カフェ番長

カフェ番長「カオポン」の、珈琲と喫茶店日記。 時には鞄を作ったり、ジャズを歌ったり。 手作りの暮らしを楽しんでます。

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小説 「書道家の恋」

書道家の彼は、私と会う時には必ず一枚の色紙と短冊、そして筆を持ち歩いている。
何でそんなものを持ち歩くのかと聞くと、「書道家だから」と言う。
彼は私が高校の時まで過ごした家の隣に住んでいた。
彼の家は、彼のお父さんが書道教室を開いていて、私は一年だけそこへ通った事がある。
彼と私がどうして恋愛感情を互いに抱くようになったのか…これはあまりはっきりしない。恋人としてつきあうようになったのは二年前。
彼が自ら墨を溶いてしたためた「ラブレター」がきっかけだったかもしれない。

ちなみに彼は世俗的な事には非常に疎く、実際の年齢より時々老けて見られがちだ。
ちゃんとよく見ると、なかなか整った顔をしているのに髪はボサボサで服はあまり構わない。
でも彼が人前で字を書き出すと、大抵の若い女の子は彼の事が好きになってしまう。私がその一人に入るけれど。
彼の書く文字には、人を惹き付ける何かがあるのかもしれない。

他にも、彼の不思議っぷりはいたるところにある。
例えば、携帯電話は去年の冬に居酒屋のトイレに水没したきりで、新しいものを買おうとは微塵も思わない所とか。
この前「なかなか浅井くん(彼の名前)と連絡が取れないんだけど、どうしたらいいんだろね」とぼやいてみたら、
彼はあっけらかんとした口調でこう答えた。
「そんな時は糸電話でもあるといいよねえ…」

糸電話だなんてそんな、少し頭がどうかしているのではと思ったけれど、翌日彼は、私の家へ本当に糸電話を届けにやってきた。
それももったいぶって桐箱に入れてだ。
検尿コップと良く似ている白い紙コップに、彼は驚くほど達筆な筆文字で「想いを伝えてね」と書くと私の手に握らせた。
達筆なのは「書道家」なのだから当たり前だとして、彼なりの私への想いが少しくすぐったくて、不本意ながらはにかんでしまった。
すると彼は、ただ黙って私を抱きしめてくれた。背中に回された手から微かに墨汁の匂いがしたけれど、私はとても幸せな気持ちになった。



そして今日は日曜日。
良かったら近くの海に行きませんか。彼はそう言って私をデートに誘ってくれた。
「いいけど、お弁当とか何にも作らないよ」
玄関の扉越しに、私は例の紙コップを使って、少しぶっきらぼうに返事をした。
「構わないです。お弁当とかお茶とか食後のケーキとか用意されなくても全然大丈夫ですから」
私の返事を逆手にとって、彼は茶目っ気たっぷりに、そう返してきた。
「何その言い方」と言いながら玄関を開けると、彼は満面の笑顔で私を迎えてくれた。
「行こう、海に」
君に伝えたいことがあるから。そう言って、彼は私の手を取る。紙コップは靴箱の上でコロンと転がった。


asai02.jpg



彼と出かけた海は曇り空のせいで、ちっとも綺麗に見えなかった。季節が冬に近いからかもしれない。
海面は青と言うより鉛色に見えて、空と海の区別は殆どつかない。
元々人気の無い海水浴場だけれど、季節を外すとそれは更に寂しい。
浜辺に残る轍の跡は、ひと夏の想い出を語る様で、風が吹くたびに少しずつ形を変えている。
彼はここで、私に何を伝えたいのだろうか。

彼より少し先を歩いていた私は、立ち止まって振り返った。
彼は打ち寄せられた流木の破片を手にとって、先の所を手で裂いていた。破片と言ってもそれは結構大きい。
少し離れた所からみると、それは宮元武蔵が巌流島へ渡るために自分で削った小船の艪に似ている。

「浅井くん」
「うん?」
彼は私の顔を見ると、にこりと笑った。
「ああ、ちょっとそこから見ててね、僕がここに字を書くから」
「ここに?」
波が引いて平になった砂浜を指すと、彼は靴を脱いで裸足になった。
そして「よしっ!」と気合を入れるような声をかけると、彼は砂浜に木片の先端を打ち付けた。
「ゆーめっ!」
号令をかけるかのように叫ぶと、彼は流れるような字で「夢」と書く。湿った砂地に彼の筆跡がくっきりと残る。夢と言う字の、最後にしっかりと止めた所に白い貝が転がっている。彼はそれを拾い上げると、ぽんと私に放ってよこした。

「僕の夢はね、君の事を“浅井さん”って呼びたいんだ」
「えっ?」
一瞬、彼が何を言っているのか分からなかった。「どういうこと?」と聞き返すと、彼は「ああ、そのー」と言って頭を掻いた。
「だからね」
そう言うと、彼は防波堤に置きっぱなしにしていた鞄を取りに行った。そして短冊と小筆を取り出すと、私の傍へ寄ってきた。
「君の事を……」
そこから先は彼の筆が語っていた。
展覧会や書展に出品するような文字ではなく、子どもが始めて筆を握るときに教わるような優しい文字で、彼は私の名前の上に自分の苗字を重ねて書いた。
「どうかな、読み辛いかな」
もしなんなら、僕が君の苗字をもらってもいいけど。
私が彼の「申し出」を断るとは少しも思っていないのが、小憎らしい。でも、彼なりの精一杯の想いは私の心を温かく包み込んだ。
「ううん、読み辛くないよ」
私もその方がいいと思ってた。浅井君の夢、きっと叶うと思うよ。


泣かないように精一杯我慢しながらそう言うと、彼は「うんうん」と大きく肯いた。
そしてまた何かを書き足そうと筆を持ったものの、筆先は空の方を向いたまま止まった。
「浅井くん、寒いから帰ろう」
私は彼の手を取ると、彼の顔をじっと見つめた。
話の続きは、あなたの部屋でゆっくりと聞かせて。
どんなに時間をかけてもいいから、ちゃんと言葉で伝えて、お願い。
私の想いを読み取ったかのように、彼は私と手を繋いで歩き始める。

彼の手元から墨汁の微かな匂いがした。



FIN




いつか書きたいと思っている話があります。
書道教室の息子と、教室の隣の家に住む女の子との初恋の話。
これはその話の元ですな。


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